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檀特山「奥の院」へ II

2015.12.14 Monday


そして檀特山「奥の院」です。

【α77,SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 HSM,1/250,F5.6,iso200】

ずいぶんと急斜面を降りてきた感じがします。
沢(=石名川)の音が響いてきていましたから、気分的には“谷底”に降り立った感じです。
実際、地図を見ると川まではまだまだ距離がありますが…。

DSC02247.JPG
【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/100,F2,iso200】

おこもり堂の真裏には梵字を刻んだ灯篭が立っています。

ここで、この場所における注意事項があります。
おこもり堂は、周囲をぐるっと石垣に囲まれています。この石垣沿いにはお地蔵さんと一緒にいくつかのお墓があります。
あまり石垣の際を歩かないようにする必要があります。

そしてもうひとつ。

上の写真の正面に位置する空間 --- おこもり堂の中心線上の延長と思われます --- には足を踏み入れてはなりません。
2番目については、その理由を知ることができませんでしたが、とにかく立ち入るなということです。
なので、おこもり堂をぐるっと一周することはできないとご理解ください。

DSC02250.JPG
【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/80,F2,iso200】

その周囲の石垣沿いに並ぶたくさんのお地蔵さんです。

DSC02259.JPG
【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/100,F2,iso200】

昨日の記事でご紹介した“頭部のないお地蔵さん”を覚えておいででしょうか…。
佐渡にもあのような頭部の切断されたお地蔵さんはたくさんあります。
または、一旦切断されたのちに継ぎ合わされたものとか…。

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【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/100,F2,iso200】

廃仏毀釈の流れよるものだったんでしょうか…。
時として頭部の切断を命じられたのは、お地蔵さんをその手で作った石工さんだったそうです。
なんとも切ないお話しです…。

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【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/50,F2.8,iso200】

明治元年以降に特に廃仏毀釈、神仏分離が行われた藩の中には佐渡も数えられるそうなんですね…。
ただ、継ぎ合わされたお地蔵さんについては、誰かが身を挺して頭部を隠し持ち、のちに復元したんだとか…。
ここにあったお地蔵さんには、頭部を切断されたりといった痕跡はありませんでした。

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【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/80,F2,iso200】

陽が射してきました。

DSC02273.JPG
【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/160,F2,iso200】

夏であれば、こんな場所で1晩や2晩くらいを過ごすのも良いかもしれません。
佐渡にあって、もっとも霊験あらたかな場所のひとつと思います。
もっと張り詰めた雰囲気の場所かと思っていましたが、しかし、そこに流れる空気や時間はとても穏やかなものでした。

DSC02276.JPG
【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/8000,F2,iso200】

おこもり堂の真正面に沢の方へと下る道があります。

DSC02277.JPG
【α99,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/640,F2,iso200】

50mくらい下るとこの杉にぶち当たり、道は途絶えてしまいます。
目を凝らすと林の中にはリバーシブルテープの目印が点々と続いています。
しばらくはその目印を辿りながら沢の音の方へと下ってみましたが、2度と戻れなくなるような気がしてきたためUターンです。

おこもり堂の脇には、清水を貯める池のようなものもありましたが、時にはここを下って川まで水を汲みに行くこともあったのかな…と、
ここでの行道の頃に思いをめぐらせてみました。

V字に切れ込んだ石名川(見えませんけど)を挟んだ対岸には、大きな滝の姿も見えました。
石名川の上流には、かつて修練の場であったと思しき大きな滝があるはずです。(「近藤福雄写真集1917〜1945『佐渡万華鏡』P.55参照)
昔は石名川沿いに滝へと向かう道があったそうなんですが、現在は地元の方をして「危ないから行きたくない」んだそうです…。
この冬以降に計画を立ててみたいと思います。(…と、何年も前から考えています。。。)

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【α7S,LA-EA4,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/50,F2,iso1600】

おこもり堂の内部です。

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【α7S,LA-EA4,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/80,F2,iso1600】

お供え物があり、参拝記帳があり、たまにいらっしゃる管理人様の清掃用具があり…。
優しく、そして大切にされているんだなとすぐに思いました。

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【α7S,LA-EA4,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/80,F2,iso1600】

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【α7S,LA-EA4,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/80,F2,iso1600】

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【α7S,LA-EA4,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/80,F2,iso1600】

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【α7S,LA-EA4,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/80,F2,iso1600】

「清水寺」の由来ともなった檀特山に湧く霊水には梵字が浮かんで見えたといいます。
この水は“知恵の水”“長寿の水”とされ、梵字が見えた時にはすべての願いごとが叶うんだそうです。
私にはこの額縁に収められた梵字以外は見えませんでしたが、こんな神々しい梵字をみたのは初めてです。

DSC02285.JPG
【α99,Vario Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,1/125,F5.6,iso400】

お参りをして、周辺を歩き、そして腰かけてボーっとすることしばし…。
季節を忘れ、場所を忘れ、時間を忘れてしまいそうでした。
できればこの日のこの足で金剛山にも登ってみたかったため、この場所をあとにします。
12月とはいえ、陽が射すと春のような雰囲気でした。
何回か錯覚をおこしてしまい、道端に雪割草や福寿草の姿を探してしまいました。

また一冬越えたら来てみることにします。

DSC03966.JPG
【α7S,Zeiss Loxia Biogon T* 2/35,1/250,F2.8,iso400】

再び急斜面になだらかに刻まれた歩道を歩きます。

DSC03972.JPG
【α7S,Zeiss Loxia Biogon T* 2/35,1/250,F2.8,iso400】

「夫婦(めおと)杉」というそうです。
ひときわ凛としていました。
かなりの美男美女夫婦のようです。。。

DSC02301.JPG
【α99,Vario Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,1/160,F5.6,iso400】

帰路は早いです。
あっという間に谷から這い上がってきました。
あの神々しい巨木群に陽が当たっていました。
まさに「神が降臨」したのだと思いました。

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【α99,Vario Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,1/25,F11,iso400】

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【α99,Vario Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,1/25,F16,iso400】

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【α99,Vario Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,1/25,F16,iso400】

繰り返しになりますが、この迫力を写真でお伝えすることができません。
正直なところ「大佐渡石名天然杉遊歩道」に立ち並ぶ杉とは比べものにならない迫力と思いました。

DSC03977.JPG
【α7S,Zeiss Loxia Biogon T* 2/35,1/1600,F2,iso400】

次回来るのは春がいいなと思いました。
次いで紫陽花が咲き乱れる頃に…と。

DSC03986.JPG
【α7S,Zeiss Loxia Biogon T* 2/35,1/4000,F2.8,iso400】

石名、奥の院、そして檀特山への分岐のT字路に差し掛かりました。
そこを右折して歩くことしばし…。
視界が開けるとそこは、天然杉遊歩道へと続く作業道路でした。

道中、檀特山山頂への登り口を右側に見ながら作業道路を進みます。
やがて天然杉遊歩道です。(冬季閉鎖中です)
その天然杉林を覗き込むようにして、金剛山へと続く登山道を進みます。

DSC02322.JPG
【α99,Vario Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,1/400,F11,iso400】

登山道途中にある展望台で一息つきます。
ひと山ふた山越えた向こう側には山毛欅ヶ平山が見えます。
写真真ん中の山々の連なりが大佐渡山地の稜線です。
右手の海は内海府。
左手は外海府です。

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【α99,Vario Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM,1/400,F11,iso400】

こちらは内海府側です。
手前の杉の切れ間から和木の集落が見えます。
写真右端にチラっと映るのは姫崎です。

DSC03990.JPG
【α7S,Zeiss Loxia Biogon T* 2/35,1/3200,F2.8,iso100】

展望台を出発すると一気に雪が深くなりました。
そして勾配も一気にキツくなります。
そんな中、なんとか辿りついた和木山の山頂です。

金剛山は正面に見えていました。
通常であれば、1時間足らずであの山頂へ辿り着けるハズです。
しかし、予想以上の雪深さに --- 恥ずかしながら、足がつりそうでしたし --- これ以上進むのは危険と判断しました。
時刻は14時前でしたが、この状態ですと片道に1時間以上…。
16時ともなると日没は目の前です。
「山は逃げない」と言い聞かせてUターンです。

自然の畏怖の念にひれ伏しならが、その光景に魅了された時間でした。
「こんな…」と思えるような山深いところに、人の祈りの営みを感じた時間でした。
いつか佐渡島に隙間なく足跡をつけたいと願っていますが、まだまだ佐渡は広く、知らないところだらけと感じた1日でした。
…が、確かな足跡を示すことのできた1日でもありました。



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コメント
またまた、未知の世界を案内して戴きありがとうございます。
霊験あらたかな場所へ足を踏み入れたい気持ちはあっても怖くて行けそうもありません。

>時として頭部の切断を命じられたのは、お地蔵さんをその手で作った石工さんだったそうです。

切ないお話ですね。こちらでも頭部のないお地蔵さんをよく見かけます。
廃仏毀釈によるものだったのですか!?
泥棒さんが持って行ったものと子供の頃から思っていました。
と言うのも知らない男の人が風呂敷に包んだ重そうなものを背負っていくのを目撃したからです。(何時の時代なのかと突っ込まれそうですが)
  • by みぃしゃ
  • 2015/12/15 12:34 AM
みぃしゃさん、こんばんは!
ご無沙汰しております!
いつもありがとうございます(^^)

私こそ、この日は未知の佐渡へご案内をいただいて感謝しているところです(^^)
私も最初はどんなところだろうとおっかなびっくりな気持ちでしたが、
全然そんなことはなく、何度となく来たいと思えるような素敵な場所でしたよ☆
なので、怖くなんてありませんよ(^^)

>知らない男の人が風呂敷に包んだ
>重そうなものを背負っていくのを
>目撃したからです。

とても気になるお話ですね。
それこそ「いつの頃ですか??」とお聞きしたいくらいです(^^;

廃仏毀釈によるものかは、わかりません。
この日、このことを私に教えてくれた方も「そういう世の流れの時代」
としかおっしゃいませんでしたから…。
ただ、紛れもない事実としてそういうことがあったのは、
頭部のないお地蔵さんが散見される現在からも推し量れる部分かと思います。

みぃしゃさんが見た知らない男の人ですが、、、
本当に悪い方だったのか、それとも身を挺してお地蔵さんを“保護”してくれようとした方だったのか…。
泥棒さんであれば、とうの昔に罰が当たってますよね(^^)
むしろ、そんな時代であれば、泥棒をする価値(といっては何ですが)すらなかったと思います。

きっと保護すべく身を折ってくださった方と信じたいですね(^^)
  • by 華
  • 2015/12/17 11:58 PM
>きっと保護すべく身を折ってくださった方と信じたいですね(^^)

華さんは優しいお方ですね〜
昭和の30年代後半の話です。
気になって実家の年寄りに聞いてみましたが何故頭部のないお地蔵さんが多いのか答えはありませんでした。
  • by みぃしゃ
  • 2015/12/18 11:50 PM
みぃしゃさん、おはようございます!
いつもありがとうございます(^^)

そうなんですね〜。
廃仏毀釈は明治の頃ですか。
とすると、昭和30年代後半というと、そう古いお話しではないですよね。
佐渡独自にそういった時代の流れがあったのかも知れませんね。
  • by 華
  • 2015/12/19 11:05 AM
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