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"古道"へ

2020.03.14 Saturday

 

うっかりGPSデータを取り損ねてしまいまして、場所の説明ができないのですが…。

 

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[α7iii,50mm F2.8 Macro,1/200,F2.8,iso100]

 

今、思いつく限りいちばん分かりやすい説明をすると、今回私が歩いたのは「佐渡金銀山古道」の一部です。

 

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[α7iii,50mm F2.8 Macro,1/200,F2.8,iso100]

 

佐渡金山第3駐車場から、所謂「上相川町」を経由し、青野峠付近の林道に抜ける道が「佐渡金銀山古道」です。

 

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[α7iii,50mm F2.8 Macro,1/160,F2.8,iso250]

 

本日は、この古道と林道の交わるところを「合流点」と呼ぶことにします。

この「合流点」に至るには、相川城址橋の袂を入口とする林道を進みます。

要は「二ツ岩大明神(Futatsuiwa Daimyōjin)」へ向かう道をそのままどんどん進むということです。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/1250,F2,iso100]

 

「合流点」から"古道"へと足を踏み入れます。

やがて道の脇には道標と思しき祠が見えました。

 

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[α7iii,50mm F2.8 Macro,1/160,F2.8,iso100]

 

なおも"古道"を進みます。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/400,F2,iso100]

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/400,F2,iso100]

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/2500,F2,iso100]

 

私が向かっている先は、ここまでは、佐渡金山第3駐車場でした。

その駐車場への分岐点をスルーして、今まで足を踏み入れたことのない"獣道"に足を踏み入れました。

 

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[α7Sii,FE 16-35mm F2.8 GM,1/100,F5.6,iso100]

 

分岐点から約200mです。

この日私が目指した場所は、この場所です。

「コレラ供養塔」です。

「合流点」からは1km弱です。

 

「日本では、江戸時代の安政五年(一八五八・江戸後期)に江戸で大流行して二十万人もの死者を出したという伝染病のコレラは、

それ以後、明治期に入っても幾度かの大発生がありました。相川でも明治十二年(一八七九)に亡くなった二百七十二人を供養するため、

明治十六年(一八八三)建立されました。石祠の中に石地蔵と供養碑が納められており、この地蔵が俗にコレラ地蔵と呼ばれています。」

 

すぐ側にある立て札にはこのように記してあります。

 

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[α7Sii,FE 16-35mm F2.8 GM,1/80,F5.6,100]

 

この「供養塔」。

今でこそ、付近に林道が走っているため徒歩10分程度でお目見えすることができますが、

所謂・市街地というような場所から獣道を歩いたら、ここへ辿り着くまでに2〜3時間は要しそうな山奥にあります。

 

その前に、こんな山中にこんな供養塔があることすら、知る人は少ないんじゃないかと思います。

かく言う私も、この"古道"が脚光を浴び始めた頃に地元の詳しい方に教えていただき、知識としてのみその存在を知っていたに過ぎませんでした。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/160,F2,iso100]

 

『鉱山都市である相川は、人々の出入りが盛んであったため、伝染病の流行も多かった』

『コレラが初めて佐渡で流行したのは、安政六(一八五九)年六月だった。この年、まず小木町で流行して六〇人も死亡し、

次いで相川町に伝染して四、五〇人が死亡したという。』

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/1600,F2,iso100]

 

『二回目の流行は、明治十二年七月から十月にかけてで、この時も小木町から上陸して全島にわたって大流行した。』

『さらに明治十五年に三回目、同十九年には四回目の流行にみまわれている。』

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/1600,F2,iso100]

 

『もし不幸にして死亡すると、当時の人々は煙によっても伝染すると考えられていたから、

普通の火葬場には入れず、青野峠に近い五十里道の路傍まで運んで野焼きにした。』

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/1600,F2,iso100]

 

『明治十二年は全国的に大流行し、新潟県でも患者数が五一八四人、内死亡者が三一一〇人にも達したという(『新潟県史』通史編六)。

相川でのこの時の死亡者数は、『相川町誌』によると「六、七十人ニトマレリ」とある。

ところが、四町目の弾誓寺(Tanseiji Temple)境内にこの時亡くなった人の名前を刻んだ供養塔が建っており、同寺の過去帳には

「明治十二年、雑太群相川中伝染病死亡人三百七拾三人墓」と記されている。』

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/1600,F2,iso100]

 

『また、火葬した五十里道の路傍には、明治十六年の冬に建立された祠があり、中には通称コレラ地蔵と呼ばれている地蔵と、

「虎列刺病死三百七十三人供養塔」と刻まれた石碑が安置されている。施主は、相川一町目松栄治作とある。』

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/1250,F2,iso100]

 

『また、稲鯨の段丘上の旧道脇にも、土地の人がコレラ地蔵と呼ぶ石の祠に入った地蔵と、門徒墓と呼ぶ供養塔がある。

門徒墓の正面には南無阿弥陀仏と刻まれ、側面に明治十四年七月に建てられたと記してある。

ここは、二見の人たちがコレラで亡くなった人を火葬にしたところかも知れない。』

 

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[α7iii,50mm F2.8 Macro,1/125,F2.8,iso100]

 

以上、『』の内容は『佐渡相川の歴史 通史編 近・現代』から引用させていただきました。

引用部分は大分限定した内容に限っていますが、こちらの節を通して読むと、見えざる敵に恐れおののき、

真偽の知れぬ情報やデマに右往左往していたということは、今も昔も変わらないようです。

火葬の煙からも感染すると信じられていたため、こんな人里離れた山奥で火葬したんですね。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/125,F2,iso100]

 

朱書き下線部分の人数の記録については、現地の立て札の内容と文献の内容に差があるようです。

祠の内部の石碑の内容をしっかりと読み取ることができれば、その真偽も確かめられたんでしょうけれど、

私には何を書いてあるのかも分かりませんでした。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/800,F2,iso100]

 

この大流行と前後して、安政3(1856)年には相川では初めての種痘が行われましたが、普及には至らなかったそうです。

また、明治17年にはコレラ菌が発見され、治療法が開発されるに及ぶ契機となりました。

この間、各府県に衛生課を設けたり、各府県に地方衛生会を設けたり、町村に交戦の衛生委員会を設けるなど、衛生行政の強化が図られています。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/800,F2,iso100]

 

現在、世界的に由々しき事態となっている「新型コロナウイルス」です。

何がすごいって、初めて「新型コロナウイルス」という文字をキーボードで打ったんですが、

「しんが」のあたりで、予測変換候補に「新型コロナウイルス」が出てきました。

 

デマが流れたり、対応の遅れが非難されたり、コロナハラスメントなんて言葉まで生まれているようですが、

私個人として思うことは、あまり騒がず、あまり意識せず、できることをしっかりとやるだけかなということです。

 

まぁ、「できること」と言ったって、大したことはできませんが…。

 

手洗いやうがいをすること。

マスクをしないこと。

くしゃみをするときはしっかりと口を覆うこと。

そして、日々の仕事をしっかりすること。

差し当たって私に思い浮かぶことはこれくらいです。

でも、これだけできれば上等でしょう。

 

あ。

「できれば」

の話しです。

 

 

 

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コメント
おはようございます。
古道は良いですね。こういう道を歩くのは大好きです。郷土史も興味があって、とても良い感じです。
一度、歩いてみたいと思います。
  • by 加平
  • 2020/03/19 7:09 AM
加平さん、こんにちは!
いつもありがとうございます(^^)

相川に限らず、佐渡はこんな小道だらけではないでしょうか(^^)
私の住む相川市街地もこんな踏み跡や小道は数えきれないくらいあって、
それこそ、小さな頃は「探検」と称して色々な踏み跡を辿っていました!

「ここに繋がってる訳ね」
そんな発見をたくさんしたものです(^^)

記憶が薄れてきた頃なので、改めて佐渡金山からこの場所へ歩いてみたいと思いますし、
鶴子銀山の方面へも降りてみたいと思います(^^)
  • by 華
  • 2020/03/22 4:45 PM
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