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四半世紀ぶり北海道の旅 IX (函館市→R229→小樽市)

2020.09.13 Sunday

 

四半世紀ぶりの北海道の旅も実質的に最終日を迎えました。

この日はまさに"時間との勝負"になることが予想されたため、朝からある種の緊張を感じていました。

 

この日の行程表に書かれた移動距離は約300km。

おおよその所要時間は5時間です。

函館市から積丹半島を経由して小樽市へと向かう予定でした。

小樽港を16時に出港する新日本海フェリーに乗船するため、遅くとも15時には小樽市に戻りたいと思っていました。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/25,F16,iso100]

 

いきなり話は逸れますが…。

とにかく、この旅行中はずっとこの電光掲示板でした。

最初に小樽市から稚内市へ向かう道中も、稚内市から旭川市へ向かう道中も、それ以外の道中も、すべてです。

とにかく、どこへ行っても「ウポポイ」一色でした。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/25,F16,iso100]

 

しかも、定期的に英語版に切り替わります。

ウポポイ(UPOPOY)って何?? 一体何なの?? 安全運転の神様なの??

気になって気になって、安全運転どころではありませんでした。

(「安全運転どころではありませんでした」は極端に誇張した表現です。念のため)

 

実はこの「ウポポイ(UPOPOY)」。

つい先日の新聞にも記事になっていました。

民族共生象徴空間という、国立のアイヌ民族に関する博物館らしいですね。

「白老」には聞き覚えがありましたが、四半世紀前の修学旅行で「白老ポロトコタン」という博物施設を訪れていました。

その博物施設を大幅にリニューアルしたものが、この「ウポポイ(UPOPOY)」だったんですね。

 

前々日、旭川市から室蘭市を目指す道中に再接近していました。

そのときは、100km手前から「あと◯km」の看板が、10km手前からは「駐車場まで◯km」の看板が立っていました。

今回はスルーしましたが、北海道の地名等はアイヌ語に由来しており、語源を辿ることも面白そうと感じているところです。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/100,F11,iso100]

 

…と、北海道にいた時間は「ウポポイ(UPOPOY)」な時間でもありました。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/8000,F2,iso100]

 

移動時間の短縮を図るため、この旅行中唯一の高速道路にも乗りました。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/200,F11,iso100]

 

最終日は、ご覧のような快晴に恵まれました。

北海道の厳しい気候が育んだ積丹半島の奇岩・怪岩が並ぶ断崖絶壁の道を行くには絶好のコンディションでした。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/200,F14,iso100]

 

「それにしても…」と、息を飲むような断崖絶壁が続きます。

 

「国道229号が周回する積丹半島は、国道指定以来、険しい海岸食との戦いに明け暮れる区間であり、膨大な数の旧道が失われ続けてきた

上記はWikipediaからの引用ですが、「膨大な数の旧道が失われ続けてきた」の記載には萌えっとしてしまいます。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/8000,F2,iso100]

 

事実として、目の前には100〜200mもあろうかという断崖絶壁が続き、現道の海側には必ずと言ってよいほどに

旧道と呼ばれるトンネルや覆道が並んでいました。

幼い頃は"お絵描き帳"の最初から最後までトンネルや高速道路の絵を描き続けるほどのトンネル好きで、

現在は廃道にロマンを求める身としては、この上なく刺激的で萌え萌えする道中でした。

 

その一方で、平成期には人々の記憶に大きく残っているであろう大事故が発生した道路でもあります。

まったく異なる2つの思いを抱きながら、断崖絶壁に続く数多くのトンネルと、その隙間から覗く絶景の道を行きました。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/5000,F2,iso100]

 

窓岩という奇岩が見えてきました。

写真を撮ろうと減速して路側帯に入ったところ、2台のバイクが私を追い抜きました。

その際、2人揃ってハンドサインを送ってくれたんですが、それが格好いいの何のって、

バイカーの皆さんのマナーの素晴らしさには、とても爽やかな気持ちを覚えます。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/5000,F2,iso100]

 

さらに、前方彼方には、この日の最初の目的地である神威岬が見えてきました。

 

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[α7iii,FE 70-200mm F2.8 GM OSS,1/320,F8,iso100]

 

神威岬の先端にある神威岩です。

岬の遊歩道では、この岩が見えるところまで歩を進めることなく次の目的地へ向かいました。

今回の北海道の旅で、私が最後に見ることになる景色は、この神威岩の景色でした。

この時は、まだそのことは知る由もありません。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/160,F11,iso100]

 

その、神威岬へと続く遊歩道です。

道中には「女人禁制の門」があったりもします。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/125,F11,iso100]

 

馬の背のように続く稜線に沿って遊歩道は続いています。

とにかく、終着地である小樽市へ時間内に到着することを最優先していました。

足早に歩を進めます。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/80,F11,iso100]

 

実際、ここへ至るにあたっては大きな決断をする場面もありました。

それは、岩内町で、そのまま積丹半島沿いに進むのか、ショートカットするのかという選択でした。

それまでの道中があまりに順調だったこともあり、半ば断念しかけていた神威岬にせめて足跡だけでも残せたことは幸いでした。

 

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[α7iii,FE 70-200mm F2.8 GM OSS,1/250,F11,iso100]

 

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[α7iii,FE 70-200mm F2.8 GM OSS,1/160,F11,iso100]

 

どこまでも青く透明な海に、漁をしているとおぼしき舟が一艘です。

思わず口にしていました。

 

「佐渡みたい」

 

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[α7iii,FE 70-200mm F2.8 GM OSS,1/250,F11,iso100]

 

何箇所かあった展望台のうちの1つから、今来た道中の方面を望みます。

湾の向の積丹半島が見えます。

北海道へ来て、その壮大な景色を前に何度呟いたことでしょう。

 

「すごいなぁ…」

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/125,F11,iso100]

 

やがて、何本も連なるトンネルを抜けたところで一際目につく特徴的な岩が見えました。

実際に目にするのは初めてでしたが、これまで何度も画面や紙面を通して見た、とても見覚えのある岩でした。

一瞬、拍子を失ったようになってしまいましたが、すぐに気を取り戻すとウィンカーを出しました。

 

[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/5000,F2,iso100]

 

眼前に迫る豊浜トンネルの古平側坑口手前には、セタカムイ道路防災祈念広場があります。

ここはある意味、今回の北海道の旅の最大の目的地でもありました。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/200,F5.6,iso100]

 

ここには、前述した平成期の大事故の慰霊碑があります。

大事故とは、1996(平成8)年2月10日に発生した「豊浜トンネル岩盤崩落事故」です。

 

TVを通じて被災者の皆さんの生存を祈った8日間を、私は忘れることができません。

画面を通しても凍てつくような寒さが伝わってきそうでした。

あんなに悲しい世界がこの世にあるのかと思えるほど、観ていて切ない時間でした。

あの時、画面の向こう側にあった世界が、今、目の前にある…。

 

TVにはいつも古平側の坑口が映し出されていました。

トンネルに突き立つかのように刺さっていた巨大岩盤。

そしてそれを取り除くための4度にも渡る発破。

悲鳴にも似た被災者のご家族の叫び声とともに、ようやく海へと崩れ落ちる岩盤。

 

警察や自衛隊によって取り除かれた膨大な土砂の下から現れたのは、変わり果てた2台の車両と20名もの帰らぬ人たちでした。

あまりに痛ましく無慈悲な事故として私の記憶に残っています。

 

* * * * * * * * * *

 

建碑趣意

 平成八年二月十日午前八時十分頃一般国道二二九号

豊浜トンネル古平側坑口付近で高さ最大七十米幅最大

五十米体積一万一千立方米に及ぶ大規模な岩盤

崩落が発生し同時刻に通行中の路線バス及び乗用車

各一台が被災し二十名の尊い命が失われるという

悲惨な大事故が起こった

 巨岩に閉ざされ埋まる被災者の安否を気づかい

一刻も早い救出を願って凍てつく寒さの中 夜を

徹して八日間にわたる懸命な救出作業が行われた

 しかしながら 家族や国民全ての願い 祈りも

むなしくこの崩落によって犠牲となられたことは

災禍というには恨みて余りあり まことに悲運と

いうより言葉もない いたましくも悲しい犠牲者の

ご冥福を祈り 悲しむべき教訓として永遠に生かし

伝えるため この碑を建立したものである

                    合掌

平成九年八月

豊浜トンネル崩落事故遺族会(二一〇の会)

 

* * * * * * * * * *

 

慰霊碑には「建碑趣意」として事故の概要が記されています。

裏面には、「犠牲者名」として、この事故でお亡くなりになられた20名のお名前と享年が記してあります。

私たちが修学旅行で北海道を訪れた翌年に発生した事故でした。

いつか北海道へ行くことがあったら慰霊に来たいと願っていました。

やっとここへ来ることが出来ました。

 

インターネットが一般に普及する少し前の事故だったということもあり、正確な記録や情報を知ることが難しくなっています。

この事故に際してご遺族の方々と向き合って取材を重ねられた元北海道新聞の記者である 溝口 徹 氏の著書「氷結の岩」の冒頭には

 

「老朽化とはほど遠いあのトンネルは、なぜ落ちたのか。その理由を知る人は少ない」

「今あるトンネルがなぜ二つのカーブを描いているのかも、知る人はほとんどいない」

と記されています。

 

事故当時、豊浜トンネルは開通から12年しか経っていませんでした。

国は無過失責任を認め、自ら国家賠償をご遺族に提示しました。

それでも、一部のご遺族は敢えて提訴に踏み切っています。

これは、全国の国道トンネルの平均年齢をはるかに下回る豊浜トンネルがこのような崩落事故を起こしたのかについて、

トンネルの設置・管理の責任と、事故の予見の可能性 --- いわば、「事故の本当の理由」 --- を訴えたものです。

しかし国は、「崩落を予測することは困難であった」との事故調査委員会の結論を盾に、過失責任は認めませんでした。

原告の請求は一部認められ、国には慰謝料の支払いが命じられましたが、ご遺族の求めた「本当の理由」についてはうやむやにされています。

 

もう1点。

現在の豊浜トンネルは、事故現場を迂回する形で2本のトンネルを繋ぎ合わせたもので、事故現場は人の目には触れないようになっています。

これは、安全上の観点からルートを見直したことと同時に、ご遺族の方のご要望にも応えた形だそうですが、

一方で事故の記憶まで封印されてしまうのではといった懸念もあるのだそうです。

 

私に出来ることなんて何もありませんが、私はこの事故のことは忘れられそうにありません。

せめて --- たいへん、おこがましいのですが --- いつまでも形にして発信し続けることができたらと思います。

 

改めまして、この場をお借りして犠牲となられた方のご冥福をお祈りいたします。

また、ご家族や関係する皆様には、お悔やみを申し上げますとともに、ご健康をお祈り申し上げます。

 

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[α7iii,FE 70-200mm F2.8 GM OSS,1/400,F8,iso100]

 

豊浜トンネルを抜け、続く滝の潤トンネルとの僅かな隙間から沖合には再び奇岩の姿が見えました。

 

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[α7iii,FE 70-200mm F2.8 GM OSS,1/400,F8,iso200]

 

ローソク岩というものです。

昔はもっと太くて大きな岩だったそうですが、1940年の積丹半島沖地震の津波によって半分に割れたんだそうです。

さらに、2016年にも先端の一部が欠けて現在のような鋭利な姿になったとのことです。

厳しい気候による海岸浸食は現在進行形です。

手前に見える頭でっかちの岩や、右側の断崖絶壁も然りです。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/125,F11,iso100]

 

滝の潤トンネルを抜け、続くワッカケトンネルの海側の旧道にはローソク岩展望駐車場があります。

そこまでこの岩に興味があった訳ではありませんが、何となく…。

 

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[α7iii,FE 70-200mm F2.8 GM OSS,1/400,F8,iso100]

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/125,F11,iso100]

 

そして、ワッカケトンネルを抜けたところから、旧道方向へUターンするように進みます。

積丹半島最後の目的地である、えびす岩と大黒岩です。

この2つの特徴的な奇岩の見事さもさることながら、背後の断崖絶壁には凄みを感じます。

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/100,F11,iso100]

 

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[α7Sii,Vario Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA SSM,1/100,F11,iso100]

 

ちなみに、こちらの海岸線の一部は私有地となっているようです。

2つの岩の正面にある橋の袂にある民家脇の階段から海岸線に降りたところ、お住いの方から注意を受けてしまいました。

漁港の駐車場に車を停め、そこから砂浜を移動するのが正しいようです。

たいへん失礼をいたしました。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/5000,F2,iso100]

 

そこからさらに走ること約1時間です。

予定よりもずいぶんと早く小樽市街へと戻って来ました。

小樽祝津パノラマ展望台から望む日和山灯台です。

 

4日前の朝、小樽市に到着し最初に目指した場所がこの日和山灯台でした。

低い雲が垂れ込め、気分的にもどんよりとしそうな感じでした。

4日後、見事なまでの快晴の下で、より素晴らしいアングルで再会です。

不思議なもので、4日前は右も左も分からなかったくせに、既に勝手知ったるような感覚を持ち合わせていました。

google先生のナビもここで終了にしました。

 

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[α7iii,Planar T* 50mm F1.4 ZA SSM,1/4000,F2,iso100]

 

5日間で約1,500kmを走破してきました。

旅はまだ終わった訳ではありませんが、ここへ来て、この旅の中で初めてホッとした安堵の気分を覚えました。

 

 

 

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